猫を起こさないように
日: <span>1999年2月22日</span>
日: 1999年2月22日

委員長金子由香

 「どうしたんだい、委員長。急にトイレなんかに呼び出して」
 「ねえ、田口君…水は好き?」
 「はは、唐突だな。うん、好きだよ。ほら、ぼくって重度の童女趣味だろ。初潮前の少女をこよなく愛する、聖書に記された大罪の八つ目(the sin of lolita complex)の悪魔的な背徳の上にいる何の自己再生産性も無い、一個の動物としてその存在が地球にとって無益であるどころかむしろ有害なこのぼくだけど、水の流れる無垢を象徴する命を刻む音に耳を澄ましていると――その水の量は少女の小水と淫水の量に正比例するのだろうって? 何を破廉恥な!――生活時間を削ってまで誰も見ないHPを毎日更新するぼくという実存の内包する自己矛盾を鼻で笑いとばさずに尊重してくれる、暗喩的なピンク色のフリルの大量についた見かけは大仰だが実はたいそう脱がすことの容易な不可思議を具現したような衣服を身にまとった幼女が、眼前の水面に起こったわずかの波紋からぼくを絶望させる冷徹な物理法則をくつがえして出現してくれないだろうか、そして暗示的に濡れた前髪をぬぐおうともせずに挑戦的な小悪魔的な方法で見上げてぼくを誘惑してくれないだろうか、そして最初はそのような強気な様子だったのが少し冷たくあしらうとたちまち不安な雨の日に捨てられた子犬のようなふうになってしまいぼくの学生服の袖をちっちゃな親指と人差し指でつまみながらぼくにぼくの優越を確信させるやり方で顔面の三分の二もあるような巨大な眼球を明示的に濡らしながら哀願してくれないだろうかと夢想するんだ。何か圧倒的な暴力や社会権力という手段でぼくのアルバイト程度の資本主義社会における立場やこの動乱の世紀末に向けて露助ほども役に立たない繊細な自我を動揺させる恐れのないそんな永遠の弱者である者たちの上にする限りなく自己愛的な童女愛は、執行猶予期間内待機者であるところのぼくの身体と魂をこの上なく慰めてくれると思うんだよ。二重の意味でね」
 「田口君…」
 「ははっ、こんなことを話したのは委員長が初めてだな。それにしても、ああ、臭い(眉をしかめてハンカチを口に当てる)。ここには不潔な血を流す大人の女の臭いが充満しているよ。ぼくはこの辺で失礼していいかな。うわっ。委員長、何をするんだ。やめろ、早まるな。やめろ、やめろぉぉぉぉぉ…ずぼ」
 「ざわざわ」
 「なんだなんだ」
 「二階女子トイレの和式便座の中から毛むくじゃらの足が二本突き出しているのよ」
 「きゃっきゃっ。犬神家の一族みたぁい。もっともっとぉ」
 「あっ。あのO脚っぷりは顔面もまぁまぁ踏めるし、運動・勉強ともに中の上ではあるのになぜか婦女子を本能的に遠ざけてしまう雰囲気を終始かもしだしている二年F組の田口淳二君ではないか」
 「そうよそうよ。あのO脚っぷりは間違いなく同級生の田口淳二君よ。私が休み時間の雑談で女子生徒がよくやるような男子生徒評の最中になにげなく発した『かれってでも小学生とか好きそうよねえ』という一言が女子グループ内に妙に腑に落ちたといったふうな沈黙を引き起こしてしまい、たいそう気まずい思いをした田口淳二君よ」
 「ざわざわ」
 「田口君、あなたが悪いのよ。あなたが悪いの…」